人が消えたあと、遺伝子が走り出した――福島で起きた「イノブタ進化」の予想外✉️76✉️
2011年の東日本大震災と、それに続く福島第一原子力発電所の事故は、日本社会に大きな衝撃を与えました。エネルギー政策や防災のあり方が見直されただけでなく、人が長年暮らしてきた地域が、突然「人のいない場所」へと変わる、前例のない状況が生まれたのです。
では、人がいなくなった土地で、自然はどうなったのでしょうか。
野生動物たちは、ただ元の姿に戻ったのでしょうか。それとも、人間が関わった痕跡を抱えたまま、別の方向へと変化していったのでしょうか。
この問いに対して、とても興味深い答えを示したのが、福島大学と弘前大学の研究チームです。研究成果は、森林科学の専門誌であるJournal of Forest Researchに掲載されました。

福島で何が起きていたのか――イノシシとブタの出会い
原発事故のあと、多くの住民が避難を余儀なくされました。畜産農家も例外ではなく、飼育していたブタを管理できなくなり、一部は逃げ出したり、人の手による管理を失ったまま自然へと入り込んだりしました。
その先にいたのが、もともと福島の山林に暮らしていた野生のイノシシです。こうして、家畜のブタと野生のイノシシが出会い、交配が起こりました。このような雑種は一般に「イノブタ」と呼ばれます。
家畜と野生動物の交雑は、生態系を乱すものとして問題視されることが多いです。しかし、福島のケースには特徴がありました。事故直後にブタが流入したあとは、外から新しいブタが入り続けたわけではなく、ほぼ閉ざされた環境の中で世代交代が進んだという点です。
研究チームは、2015年から2018年にかけて捕獲されたイノシシとブタのDNAを調べ、「一度交雑したあと、その遺伝子がどうなったのか」を世代をまたいで追跡しました。
意外な結果――ブタの遺伝子は「残らなかった」
ここで明らかになった結果は、直感とは少し違うものでした。それは、母親がブタだった個体ほど、ブタ由来の遺伝子が早く減っていたという事実です。
普通に考えると、「ブタの血が濃いほど、ブタらしさが長く残る」と思ってしまいます。しかし実際には、ブタを母に持つ系統ほど、数世代のうちに遺伝的にほぼイノシシになっていきました。
その理由は、ブタが人間によって改良されてきた「繁殖力」にあります。
野生のイノシシは、自然のリズムに合わせて年に一度ほどしか繁殖しません。一方、家畜のブタは、季節に関係なく何度も繁殖でき、一度にたくさんの子を産みます。
この「早く増える力」は、特に母親を通じて強く次の世代に影響します。
その結果、ブタを母に持つ系統では世代交代がどんどん進み、周囲に多数いる野生イノシシと繰り返し交配することになります。すると、ブタの遺伝子は急速に薄まり、短期間で「ほぼイノシシ」の集団ができあがったのです。