金のなる木とバイオマイニング✉️85✉️

クリスマスツリーに利用されるヨーロッパトウヒの針葉の中に、目に見えない「本物の金」が隠されていた。今回は、このバイオミネラリゼーション(生物鉱化作用)と、それがもたらす資源探査のイノベーションについて説明します。
山形方人 2026.04.02
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フィンランド・オウル大学の研究チームが、ヨーロッパトウヒ(Norway spruce、Picea abies)の針葉の中に「金ナノ粒子」が蓄積されていることを発見し、Environmental Microbiome誌に2025年夏に発表しました。そして、この現象の裏側には、植物と共生する「細菌」の興味深いメカニズムが関わっていることが明らかになりました。

今回は、このバイオミネラリゼーション(生物鉱化作用)と、それがもたらす資源探査のイノベーションについて説明します。

植物の細胞内に潜む「黄金の粒」

研究の舞台となったのは、欧州最大級の産金地帯であるフィンランド北部・キッティラ鉱山周辺です。研究チームは、この地域に自生する23本のトウヒから合計138の針葉サンプルを採取し、電子顕微鏡を用いた詳細な分析を行いました。

その結果、全体の約17%にあたる4本の樹木において、明確な金ナノ粒子の存在が確認されました。粒子のサイズはおよそナノメートルスケール、すなわち100万分の1ミリメートルという極めて微細なものです。しかし重要なのは、その存在が単なる痕跡ではなく、植物組織内に「固体」として安定的に蓄積されていた点にあります。

では、なぜ植物の内部に金が存在するのでしょうか。地下深部の金鉱床に由来する金は、長い時間をかけて地下水中に微量のイオンとして溶け出します。樹木は根から水分とともにこの金イオンを吸収し、幹や葉へと輸送します。しかし、ここで問題が生じます。金は化学的に安定である一方、生体内では異物であり、細胞機能を阻害する潜在的な毒性を持つ存在でもあるのです。

つまり、トウヒは「金を取り込んでしまうが、それをどう処理するか」という課題に直面していることになります。その解決に関わっていたのが、植物単独ではなく共生系でした。

共生細菌「エンドファイト」という名の錬金術師

電子顕微鏡による観察は、さらに驚くべき事実を明らかにしました。金ナノ粒子は単独で存在しているのではなく、バイオフィルム、つまり微生物由来の膜状構造の中に封じ込められていたのです。

植物の内部には「エンドファイト(内生菌、endophyte)」と呼ばれる微生物群が存在しています。これらは植物組織の内部に常在し、栄養供給や成長促進、ストレス耐性の向上などに寄与する一方で、自らは安定した生息環境を得ています。いわば、植物と微生物の共生ネットワークです。

今回の研究では、P3OB-42(ミクソコッカス)、Cutibacterium属、Corynebacterium属といった細菌群が、金の蓄積と強く関連していることが示されました。これらの細菌は、水溶性の金イオンを取り込み、自らが形成するバイオフィルムの内部で還元反応を進め、金をナノ粒子として沈殿・固定化していたと考えられています。

このプロセスは、いわば「生物学的な解毒」です。水中に溶けたイオン状態の金は細胞内に侵入しやすく、毒性を発揮します。しかし、固体のナノ粒子として隔離されれば、生体への影響は大幅に低減されます。細菌は自らの生存のためにこの変換を行い、その結果として植物全体の安全性も保たれているのです。

ここに見えてくるのは、単なる植物の生理現象ではなく、「植物+微生物」という複合的なシステムが織りなす物質循環の巧妙さです。トウヒの針葉は、微生物が金を扱うためのナノスケールの作業場、いわば自然界の錬金術工房として機能していたと言えるでしょう。

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  • 資源探査の未来を変える「バイオ・インジケーター」
  • 進化するAIと生命科学の交差点

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