ヒトゲノムが暴く「性格」の設計図✉️138✉️
世界46のコホートから集められた約114万人分のゲノムデータを解析した、国際コンソーシアム「ReGPC」による大規模研究です。
パーソナリティ研究としては史上最大規模となる今回の解析では、「ビッグファイブ」と呼ばれる5つの性格特性、すなわち外向性、調和性、誠実性、神経質傾向、開放性に関連する1,260個の遺伝子変異が特定されました。そのうち824個は、これまでの研究では見つかっていなかった新たな変異です。
サンプルサイズを大幅に拡大したことで、遺伝子変異を検出する感度も大きく向上しました。従来の研究では、誠実性でわずか3個、調和性で4個しか検出できなかった変異が、今回はそれぞれ131個、39個まで増えています。神経質傾向に至っては、706個もの変異が同定されました。
一方、ゲノム上の比較的ありふれた遺伝子変異が、性格の個人差を説明する割合、いわゆる「SNP遺伝率」は、調和性の4.8%から外向性の9.3%という範囲にとどまりました。
これは、双子研究などで示されてきた40〜60%程度の遺伝率とは大きな差があります。この違いは「欠損遺伝率」と呼ばれる問題とも関係しています。双子研究では、比較的まれな遺伝子変異や遺伝子間の複雑な相互作用なども含めて遺伝的な影響を推定します。一方、GWASでは主に、集団内に比較的多く存在する共通変異の影響を調べます。つまり、両者はそもそも異なる方法で「遺伝の影響」を測っているのです。
ここで重要なのは、この研究が決して「遺伝子が性格を決める」という遺伝子決定論を支持しているわけではないことです。
個々の遺伝子変異が性格に与える影響は、驚くほど小さいものです。たとえば、外向性に関連する平均的な遺伝子変異を1つ持っていたとしても、集団の中での位置づけは50.00パーセンタイルから50.35パーセンタイルへ移る程度にすぎません。
つまり、「社交性を決める一つの遺伝子」が存在し、その遺伝子によって人の性格が劇的に変わる、という単純な構造ではありません。無数の遺伝子変異がそれぞれごく小さな影響を及ぼし、それらが積み重なることで、性格に緩やかな傾向が生まれるのです。

「親ガチャ」論を揺るがすデータ
今回の研究で特に注目されるのが、性格に対する「家庭環境」の影響を、遺伝的要因と区別して調べた点です。
学歴や所得などを対象としたGWASでは、遺伝的な影響だと考えられてきたものの一部が、実は親がつくった家庭環境や、似た特徴を持つ人同士が結婚する「配偶者選択」の影響を受けていることが知られています。
たとえば教育歴の研究では、集団全体を対象とした解析で得られた遺伝的効果の約4割が、家庭環境や血縁構造などの影響を受けているとされます。兄弟姉妹を比較する解析を行うと、その推計値が6割近く減少することも分かっています。
ところが、性格では事情が大きく異なりました。
オランダ双子登録、英国のTEDS、アイスランドのdeCODE Geneticsが保有する家族データなどを用いて解析した結果、「家族内効果」が「集団全体で観察される効果」のどの程度を説明するかを調べると、ビッグファイブ全体の平均で96.2%に達しました。
これは、性格について観察される遺伝的な関連の大部分が、親から子へ受け継がれたDNAそのものの影響によって説明され、親がつくった家庭環境や社会的な構造による見かけ上の遺伝効果は、ほとんど検出されなかったことを意味します。
唯一、誠実性については約8.1%程度の環境による寄与が見られました。しかし全体として見ると、性格の遺伝的基盤は、学歴や所得などと比べて、家庭環境による影響を受けにくいことが示されたのです。
さらに夫婦間の遺伝的類似性を調べると、学歴では強い相関が見られたのに対し、性格特性については、ほぼランダムな組み合わせであることも確認されました。
もちろん、これは「家庭環境が性格に影響しない」という意味ではありません。しかし、「厳しい家庭で育ったから慎重な性格になった」といった直感的な説明だけでは、性格の個人差を十分に説明できないことが、遺伝学的なデータからも見えてきたのです。
「ドーパミン=外向的」「セロトニン=神経質」説の見直し
今回の研究は、性格の生物学的なメカニズムについても、これまでの単純なモデルを見直すきっかけを与えています。
これまで、「外向性や開放性はドーパミン系、誠実性や神経質傾向はセロトニン系」といった、性格と神経伝達物質を直接結びつける説明が広く語られてきました。
しかし今回、ヒトとマウスの脳の単一細胞データを統合して解析したところ、前頭前野で特異的に発現する遺伝子群が、調和性を除く4つの性格特性で有意に濃縮されていました。
一方で、ドーパミン作動性ニューロンやセロトニン作動性ニューロンに特別な遺伝子の濃縮は見られませんでした。
この結果は、性格を「ドーパミンが多いから外向的」「セロトニンが少ないから神経質」といった単純なモデルだけで説明することが難しいことを示しています。性格は、特定の神経伝達物質の量だけで決まるのではなく、脳のさまざまな領域や神経回路が複雑に相互作用した結果として生まれるものだと考えたほうがよさそうです。
性格が拓く「人生の設計図」
研究チームはさらに、遺伝的相関、ポリジェニックスコア、メンデル遺伝型無作為化などの手法を組み合わせ、性格と85以上の医療・行動形質との関係を幅広く調べました。
その結果、誠実性の遺伝的傾向が高い人は、喫煙や過度な飲酒が少なく、運動習慣を持ちやすい傾向があり、それが低いBMIや健康寿命の延伸とも関連していました。
神経質傾向は、うつ病や不安障害などと強く関連していました。一方、調和性は幅広い精神疾患に対して保護的に働く傾向を示しました。また、開放性は統合失調症や双極性障害と正の相関を示しました。
つまり、知的好奇心や新しいものへの関心といった一見ポジティブに思える特徴と、精神的な脆弱性が、ある程度共通した生物学的基盤を持っている可能性も見えてきたのです。
さらに興味深いのは、性格の遺伝的素因が、「アンケートに答えるかどうか」という行動そのものにも影響していたことです。
開放性や調和性が高い人ほど追加調査に協力しやすい一方、神経質傾向が高い人ほど回答を控えやすい傾向がありました。
これは、社会科学や疫学研究が長く前提としてきた「調査対象者は基本的にランダムに選ばれる」という考え方にも、見直しを迫るものです。私たちが調査で集めているデータには、これまで十分に考慮されてこなかった「遺伝的な自己選択バイアス」が入り込んでいる可能性があるからです。
