脳とAIをつなぐ革命:イーロン・マスクとサム・アルトマンが描く人類の未来✉️8✉️

人類は今、知性の境界を越えようとしています。AIの「特異点」議論の中心にあるのは、あらゆる課題をこなす汎用人工知能(AGI)です。人間の脳とAIをつなぐBCIと合成生物学で「ただ思考するだけで生成AIが応答する仕組み」は可能になるのでしょうか。
山形方人 2025.09.08
読者限定

AIが人間の知性を超える「特異点」という言葉が広まって久しい時が経ちました。SFや未来予測の世界では、この瞬間が人類にとっての「終焉」か、それとも「新しい始まり」かという議論が繰り返されています。しかし、いまシリコンバレーで静かに進行している挑戦は、そのような単純な二項対立を超えるかもしれません。

それは、人間の脳とAIを直接つなぐ「ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)」と呼ばれる領域です。

この分野では、すでに二人の先駆者がその覇権を争い始めています。ひとりは、テスラやスペースXを率いるカリスマ経営者イーロン・マスクで、彼が率いる企業がNeuralinkです。もうひとりは、ChatGPTを世に送り出したOpenAIのCEOであるサム・アルトマンで、彼が関わるのがMerge Labsです。それぞれが異なるアプローチで、人間の知性と人工知能をつなぐ未来を切り拓こうとしています。

なぜ、このような先端テクノロジー業界のリーダーたちがBCIに関わろうとするのでしょうか。そして、なぜ合成生物学がその鍵となるのでしょうか。BCI x 合成生物学を使うことで「ただ思考するだけでChatGPTが応答する仕組み」は可能になるのでしょうか。

この分野の発展は、単なる技術革新にとどまらず、人類そのものの存在のあり方を変える可能性を秘めています。

***

Neuralink:「ワイヤー」で描く脳とAIの架け橋

Neuralinkは長らくBCI分野の先駆者であり続けてきました。脳に髪の毛よりも細い電極を埋め込み、神経信号を読み取って外部機器を操作するという技術は、かつてはSFの中だけのものでした。しかし今では、臨床試験を通じて現実のものとなりつつあります。

2024年には、ニューラリンク社がヒトを対象とした臨床試験「PRIME Study」を開始し、四肢麻痺患者が脳信号を用いてコンピューターを操作する様子が公表されました。これにより、BCI研究は「失われた機能の補完」から「認知能力の拡張」へと新たな段階に踏み出していることを示しました。

マスクが描く壮大なビジョン

イーロン・マスクが繰り返し強調するのは、人間とAIの間に生じる知的格差を埋める必要性です。彼の描く最終的なビジョンは、言語の壁を超え、人間とAIが直接、高速でコミュニケーションできる世界です。AIに人類が取り残されないために、知性そのものを底上げする必要がある。彼にとってNeuralinkは、そのための「防衛手段」であり、同時に人類を次の知性段階に導く「架け橋」なのです。

***

Merge Labs:「ソノジェネティクス」が開く新たな扉

そんなNeuralinkの物理的アプローチに、異を唱える新しい挑戦者が現れました。それがサム・アルトマンが共同設立者として関わるMerge Labsです。

Neuralinkが「ワイヤー」を脳に埋め込むのに対して、Merge Labsはより非侵襲的で根本的な方法を模索しています。その中核技術が「ソノジェネティクス(sonogenetics)」と呼ばれるもので、超音波と合成生物学を組み合わせることで脳細胞そのものを操作可能にしようとする試みです。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、3641文字あります。
  • ソノジェネティクス
  • 革命的技術の仕組み
  • アルトマンの野心:思考の直接的インターフェース
  • 激化する投資競争と市場の期待
  • 二つのアプローチ:物理 vs 合成生物学
  • 描かれる未来:可能性と課題

すでに登録された方はこちら

読者限定
ゲノム編集ブタが拓く、臓器移植と食のフロンティア ✉️9✉️
誰でも
【論点#2】「長期間食べ続けても安全である」と証明された食品はどこにも...
読者限定
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスは、日本が起源?✉️6✉️
誰でも
【論点#1】人類は何千年も前からゲノム「編集」された作物や動物を食べて...
誰でも
生成AIが引き起こす新たな精神病:ハルシネーションのその先へ✉️4✉️
誰でも
食用赤色3号をめぐる国ごとの違い:科学と法律が交差する時✉️3✉️
誰でも
食品に「色」は必要か?:合成着色料と健康リスク✉️2✉️
誰でも
「バイオがまじわる日常」✉️1✉️