世界をむしばむ「超加工食品」という静かなパンデミック✉️51✉️

私たちの食卓は健康の基盤ですが、その姿は近年急速に変化しています。家庭料理は未加工の食材中心から、人工添加物と高度な加工技術による超加工食品(UPF)へと置き換わり、その影響は世界的な公衆衛生課題となっています。UPF問題の解決には科学的根拠に基づく判断が不可欠であり、ゲノム編集食品の排除といった非科学的な消費者運動と混同しない姿勢も求められます
山形方人 2025.12.12
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私たちの食卓は、文化や地域を超えて人々の生活を支える基盤であり、健康の出発点でもあります。しかし、ここ数十年で起きている変化は、過去の歴史とは比較にならないスピードで広がっています。かつては未加工の食材を中心につくられていた家庭料理が、現在では工場で大量生産され、人工添加物と高度な加工技術を駆使して組み立てられた食品へと置き換わりつつあります。この変化の中心にあるのが「超加工食品(ultra-processed food、UPF)」です。

UPFは、便利で手頃な価格で美味しいという魅力を持つ一方、世界各国で深刻な健康リスクが報告されています。2025年11月18日付けでLancet誌に掲載された特集や総説では、43名の専門家が世界104件の疫学研究を分析し、そのうち92件でUPF摂取量の増加が慢性疾患リスクを押し上げるという結果が示され世界中のメディアで話題になっています。心臓病、2型糖尿病、肥満、がん、腎疾患、精神不調、さらには全死因死亡率の上昇にいたるまで、多くの疾患との関連が確認されることがまとめられています。

つまり、UPFが単なる太りやすい食品ではなく、世界規模の公衆衛生に影響を与える構造的な危機であることを示しています。Lancet誌の論文の著者であるブラジルのカルロス・モンテイロ博士は、ガーディアン紙のインタビューのなかで「人類は生物学的に、このレベルの高度加工食品を摂取するようには設計されていない」と強調します。問題の本質は、特定成分の過剰ではなく、食品そのものの構造にあるのです。

超加工食品とは何か――「設計された食べ物」の正体

UPFとは、人工香料、甘味料、乳化剤、着色料、保存料など、一般家庭では再現できないプロセスで作られた食品を指します。風味や食感を科学的に改変し、生理的な満腹感を上回る“嗜好性の強さ”が意図的に組み込まれています。シリアル、炭酸飲料、冷凍食品、スナック菓子、加工肉、カップ麺、プロテインバー、代替肉など、多くの人が日常的に手に取る食品が含まれます。

これらの食品は通常、低い栄養価にもかかわらず高カロリーで、しかも食べ続けたくなるように設計されています。その結果、私たちの身体は本来持っている食欲調節機能をうまく働かせることができなくなり、過剰摂取してしまうのです。その影響は単に体重増加にとどまりません。代謝系、腸内環境、炎症反応、精神状態など幅広い領域に影響が及ぶ点に、UPF問題の深刻さがあります。

肥満・過体重: 21%リスク増加

2型糖尿病: 25%リスク増加

心血管疾患による死亡: 18%リスク増加

うつ病: 23%リスク増加

クローン病: 90%増加

全死亡リスク(すべての原因による死亡): 18%リスク増加

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続きは、1864文字あります。
  • 体内で起きていること――多方面からの健康侵食
  • UPF拡大の背景――企業が設計した食のシステム
  • 規制の遅れと構造的な壁――タバコ規制以前の段階
  • 世界で始まる反転の動き――希望の兆し
  • 未来のための再設計――食品システムの転換点

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