恐怖はどこから来るのか――ゲノム編集食品をめぐる誤解と日本の選択✉️66✉️
現代社会において、食の安全やテクノロジーの進歩に対する不安は、ときに科学的根拠を凌駕する熱量を持って語られます。たとえば、ゲノム編集作物やゲノム編集魚などについてのネガティブな意見には共通して「自然への畏敬」「未知の技術への不信」「国家や資本への不信」という三つの巨大な柱が立ちはだかっていることが分かります。
具体的には、ゲノム編集を「生き物を人間都合で作り替える傲慢な行為」と捉える倫理的な懸念から、遺伝子組換え(GM)技術との混同、あるいは「政府や資本家が国民を害そうとしている」といった陰謀論に近い言説まで、非常に多岐にわたります。特に「表示義務がないのは隠蔽だ」「海外では禁止されている」「がんや不妊の原因になる」といった主張は、SNSを中心に強い拡散力を持って語られがちです。
しかし、私たちは今こそ冷静に、感情のフィルターを一枚剥がして「事実(ファクト)」と「解釈」を切り分ける必要があります。これらはまさに、日本が直面する食料安全保障やバイオテクノロジーの国際競争力、そして科学リテラシーの現在地を示す象徴的な議論です。
結論から申し上げます。これらの意見に共通する「ゲノム編集は危険であり、禁止すべきだ」という考え方は、科学的知見および世界の規制動向に照らし合わせると、残念ながら多くの誤解を含んでいると言わざるを得ません。

ゲノム編集と遺伝子組換えは「似て非なるもの」である
まず、最も多く見られる誤解は「ゲノム編集と遺伝子組み換えは同じである」という主張です(一般に「遺伝子組み換え」と書かれた言説は間違いが多いです。きちんと理解している人は「遺伝子組換え」と書きます)。混同したまま議論を進めることは間違いです。
遺伝子組換え技術は、本来その植物が持っていない「外来の遺伝子」を組み込む技術です。一方、現在日本で主に流通・研究されているゲノム編集技術(特にSDN-1と呼ばれるタイプ)は、その植物がもともと持っている遺伝子の一部を「切断」し、特定の機能を抑えたり変化させたりするものです。これは、自然界で起こる突然変異や、私たちが数千年前から行ってきた「交配による品種改良」と同じ結果を、より正確に、より短期間で実現しているに過ぎません。
「外来遺伝子が残っていない」からこそ、従来の品種改良と科学的な差がないと判断され、厚生労働省や農林水産省の判断のもと、従来の食品と同等の安全性が確保されているという前提で届出制が採用されています。これを「隠蔽」と呼ぶのは、現代の育種技術の進化を無視した極論です。
「世界で禁止」という情報の真偽
「日本だけが規制を緩和し、海外では禁止されている」という意見も散見されますが、これも事実とは異なります。例えば米国では、日本と同様に、外来遺伝子を含まないゲノム編集作物は、従来の作物と同様に規制の対象外とする方針が取られています。また、規制に厳格だった欧州連合(EU)でさえも、気候変動による収穫減や食料危機の懸念から、ゲノム編集作物に対する規制を大幅に緩和する方向で大きく舵を切りました。
日本だけが危険なものを受け入れているのではなく、世界が「持続可能な農業」のためにこの技術を必要としているのが現実です。むしろ、日本は世界に先駆けてGABA(ギャバ)を高めたトマトなどのゲノム編集食品を市場に出し、透明性の高い届出制度を構築している「フロントランナー」の一人なのです。
研究者や企業への不信感と「自然の摂理」
「研究者はアホなのか」「神をも畏れぬ所業」という批判についても、少し視点を変えてみましょう。
農業の歴史は、常に「自然の摂理」に手を加え、人間が食べやすいように改造してきた歴史そのものです。私たちが今食べている甘いスイカも、一粒一粒が大きなトウモロコシも、野生の状態からはかけ離れた「人工的な変異」の結晶です。研究者たちは、決して金儲けやエゴのためにラボに籠もっているわけではありません。
深刻化する気候変動、爆発的な人口増加、そして肥料価格の高騰。これら地球規模の課題に対し、農薬を減らせる作物、少ない水で育つ作物、栄養価の高い作物を作ることは、むしろ「人類の生存戦略」として極めて倫理的な行為ではないでしょうか。ゲノム編集技術は、従来の品種改良では10年、20年かかっていたプロセスを数年に短縮します。この「時間」を買うことこそが、次世代の食を守る鍵となります。
陰謀論が覆い隠す「本質的なリスク」
またよく見られる、mRNAワクチンやコオロギ食、ラウンドアップ(除草剤)などを十把一絡げにして「日本人抹殺計画」などと結びつける主張は、科学的な議論の土俵を放棄してしまっています。個別の技術や化学物質には、それぞれ厳格なリスク評価と安全基準が存在します。これらを一つの巨大な「毒」というストーリーに統合してしまうと、私たちが真に対処すべき「食料自給率の低下」や「農業の担い手不足」といった現実的な危機への対策が疎かになってしまいます。
「表示義務がない」ことへの不満も理解はできますが、科学的に「従来の食品と区別がつかない(=分析不可能な)」ものに対して、法的な表示義務を課すことは実効性がありません。その代わりに、開発企業は任意で情報を公開し、消費者の選択に委ねる仕組みが日本では運用されています。
私たちが今、持つべき「リテラシー」とは
最後に、感情的な「NO」を突きつける前に、私たちが問い直すべきことがあります。
「自然なものだけを食べたい」という願いは尊いものですが、その「自然」の定義は何でしょうか。また、テクノロジーを完全に拒絶したとき、私たちは地球上の80億人の胃袋をどう満たすのでしょうか。
ゲノム編集食品は、魔法の杖ではありません。しかし、それは「食」という私たちの生存基盤をアップデートするための、極めて合理的で、かつ不可欠なツールの一つです。
過度な不安や、根拠の薄い陰謀論に振り回されることは、結果として日本のバイオ産業を衰退させ、将来的に海外産の高価な技術や食料に依存せざるを得ない未来を招くことになりかねません。それこそが、私たちが最も回避すべき「絶望」ではないでしょうか。
今、必要なのは「拒絶」ではなく、科学的なデータを基にした「建設的な対話」です。新しい技術が登場したとき、私たちは常に恐怖を抱きます。しかし、それを理解し、正しく制御し、社会の利益へと繋げてきたのが人類の進歩の歴史です。ゲノム編集もまた、その大きな流れの中にある一歩に過ぎないのです。
是非、こちらも参考にしてください。
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