米国栄養政策の地殻変動——トランプ政権が打ち出した新フードピラミッド✉️64✉️

2026年1月、トランプ政権は、連邦政府による食事指針を全面的に刷新。タンパク質の重視と超加工食品の排除、食品を「加工度」で判断する。今回は、FDA(食品医薬品局)局長が語った「ピラミッドの逆転」が意味すること、刷新についての主流派の医学界や栄養学コミュニティの反応や警戒感、そして背後にある科学と政治の議論まで掘り下げます。
山形方人 2026.01.19
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2026年1月、トランプ政権は、連邦政府による食事指針を全面的に刷新。ロバート・F・ケネディ・ジュニア厚生長官が「連邦栄養政策史上、最も重要なリセット」と評したこの新方針は、「健康的な食事」の定義を覆そうとしています。

今回の刷新の目玉は、何といっても「新フードピラミッド」の導入です。かつてピラミッドの底辺を支えていたパン、シリアル、パスタといった炭水化物はその座を追われ、代わって肉やチーズといったタンパク質と脂質が優先順位のトップに躍り出ました。今回は、FDA(食品医薬品局)のマーティ・マカリー局長が語る、この「ピラミッドの逆転」が意味するもの、主流派の医学界や栄養学コミュニティの反応、そしてその背後にある科学と政治の議論を掘り下げます。

まず、新ピラミッド(上)と1992年の旧ピラミッド(下)を比較してみてください。

https://realfood.gov/

https://realfood.gov/

1992 Food Pyramid

1992 Food Pyramid

「腐敗したドグマ」からの決別:なぜ今、ピラミッドを覆すのか

FDAのマカリー局長は、就任早々のインタビューで極めて強い言葉を投げかけました。「これまでの栄養学は、医学界において最も産業界に腐敗させられた分野の一つだ」という批判です。この言葉には、過去半世紀にわたる米国の公衆衛生政策に対する深い不信感が込められています。

過去50年間、米国の栄養指針は一貫して「脂肪を悪」と位置づけ、低脂肪乳や加工された炭水化物の摂取を推奨してきました。しかし、マカリー氏はその結果を厳しく問い直します。低脂肪を追求するあまり、食品メーカーは失われた味を補うために大量の砂糖を添加しました。これが皮肉にも国民のインスリン抵抗性を引き起こし、体内の炎症を促進し、人類史上かつてないレベルの慢性疾患のパンデミックを招いたというのです。

今回の新ガイドラインが最優先事項として掲げるのは、「タンパク質の重視」と「超加工食品(ウルトラプロセスフード)の排除」の二本柱です。特に注目すべきは、子供に対する「添加糖(Added Sugar)」の扱いでしょう。新指針では、子供が摂取すべき添加糖の適切な閾値は存在しない、つまり「ゼロ」であるべきだという大胆なポジションを明確にしました。これは、甘いシリアルやチョコレートミルクを「健康的な朝食」の一部として許容してきたこれまでの米国の食文化に対する宣戦布告といえます。

「カロリーは単なる数字ではない」:超加工食品への厳しい眼差し

新ピラミッドのもう一つの柱は、食品を単なる「栄養素(カロリー)」の集合体として見るのではなく、「加工度」というフィルターで判断する視点です。「カロリーは単なるカロリーではない」とマカリー局長は断言します。

例えば、食物繊維をはぎ取られ、粉々に粉砕された精製穀物は、体内に入れば砂糖と同じように急激な血糖値の上昇を招きます。パッケージを裏返し、30種類もの化学物質や添加物が並んでいるなら、それはもはや人間の体が繁栄するために必要な食べ物ではないという考え方です。FDAはこのメッセージを、教室で学ぶ子供たちから、日々の買い物をする親たちまで、広く浸透させようとしています。

しかし、この理想の前には高い現実の壁が立ちはだかります。米国には、新鮮な食材へのアクセスが制限された「食の砂漠(フードデザート)」に住む人々が数多く存在します。安価で保存の効く超加工食品に頼らざるを得ない低所得層に対し、どうやって「本物の食品(Real Food)」を届けるのか。政権側は、地産地消の促進や、化学物質を使わない食品のコスト低減を通じて解決を図るとしていますが、その具体策の実効性については、経済学者や自治体から厳しい議論が続くことが予想されます。

「フード・イズ・メディスン」:医療の役割も再定義

興味深いのは、この新しい栄養指針が、現代医療のあり方とも密接にリンクしている点です。現在、米国では「オゼンピック」や「ウェゴビー」といったGLP-1受容体作動薬(肥満症治療薬)が爆発的なブームとなっています。一見すると、食事制限を重視する新指針と、薬で体重を管理するトレンドは矛盾するように見えるかもしれません。

しかし、マカリー局長の見解は明確です。「私たちは、人々が最初からGLP-1製剤に頼ることを望んでいません。まずは正しい食事の情報を提供し、薬はあくまでセカンドライン、サードラインの選択肢であるべきです」と語ります。食生活を健康の「土台」とし、薬はそれを補完するものという位置づけです。この点についてはAMA(全米医師会)も賛同の意を示しており、ボビー・ムッカマラ会長は「食は薬である(Food is Medicine)」という概念を公式に支持しました。AMAは今後、栄養教育の強化や食品表示の改善、さらには超加工食品の明確な定義付けに向けて議会と協力していく方針を固めています。

公衆衛生の「信頼」を巡る綱引き:ワクチン、アルコール、そして政治

しかしながら、今回の発表は、栄養だけでなく公衆衛生全般にわたる改革の一部として提示されました。中でも議論を呼んでいるのが「幼少期のワクチン接種スケジュール」の見直しです。政権は、これまで72回推奨されていた接種回数を、38回という「コアエッセンシャル(中核的・必須)」なものに絞り込む「階層化」を提案しました。これに対し、既存の公衆衛生プロセスを軽視し、科学的な安全性を損なうものだとの批判が専門家の間で根強くあります。

しかし、FDAはこれを「完璧を求めて善を敵にする(Don't let the perfect be the enemy of the good)」状況を打破するための現実的アプローチだと説明します。コロナ禍を経て、公衆衛生当局に対する国民の信頼は大きく揺らぎ、結果としてワクチン接種率自体が低下しています。「72回はハードルが高いが、38回なら受け入れる」という層を取り込むことで、集団免疫を維持しようというプラグマティックな戦略が透けて見えます。

また、アルコールについても具体的な摂取上限(男女別の目安)を削除しています。メハメト・オズCMS局長は、「少量で節度ある飲酒は社交を促す」「朝食に飲まなければよい」と発言し、過去の上限には十分な科学的根拠がなかったとしています。専門家からは「安全な飲酒量はない」「少量でもリスクは増える」として批判が出ています。また、21歳未満への注意が明記されていない点も問題視されています。

渦巻く批判と専門家からの警告

この方針転換には各方面から強い反発も起きています。特に、数十年にわたる心血管疾患研究で「飽和脂肪酸の摂取制限」が推奨されてきた歴史を鑑み、今回の「飽和脂肪への戦争を終わらせる」という宣言には、科学界から強い異論が出ています。バターや牛脂、フルファット乳製品を推奨する姿勢に対し、ハーバード公衆衛生大学院やアメリカ心臓協会(AHA)の専門家たちは、「何十年もの科学的エビデンスを無視しており、心臓病リスクを高める恐れがある」と警告を発しています。

また、新フードピラミッドのなかで、植物性タンパク質(豆類やナッツなど)の扱いが視覚的に弱められ、赤身肉が強調されている点についても、「トランプ政権関係者の嗜好を並べただけではないか」との皮肉が飛び交い、ベジタリアンやプラントベースを推進する団体から「動物性食品ロビーの影響が明らかである」との批判が噴出しています。

さらに、独立した専門家会議(DGAC、Dietary Guidelines Advisory Committee)の報告を無視し、政治的な主導でガイドラインが書き換えられたことに対し、科学的プロセスの透明性を疑問視する声も絶えません。あまりの変貌ぶりに、民間団体が独自の対抗文書「Uncompromised DGA」を出すという異例の事態にまで発展しています。

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続きは、492文字あります。
  • 2026年、私たちは「何を食べるか」を再定義する

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