知られざるHMPAの正体に迫る✉️56✉️

今回、スポットライトを当てたいのは、3-(4-hydroxy-3-methoxyphenyl)propionic acid、略してHMPAと呼ばれる分子です。名前は長く、一般にはほとんど知られていません。
山形方人 2025.12.24
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現代人の健康意識は、かつてないほど高まっています。食事、運動、睡眠、サプリメント。私たちは日々、よりよい選択をしようと努力しています。しかし、その関心は往々にして、スーパーフードや最新の栄養素といった「主役級」の存在に集中しがちです。その一方で、体内で静かに働きながら、健康の質を左右しているかもしれない脇役の存在には、十分な光が当てられていません。

今回、スポットライトを当てたいのは、3-(4-hydroxy-3-methoxyphenyl)propionic acid、略してHMPAと呼ばれる分子です。名前は長く、一般にはほとんど知られていません。しかし、この分子が、日常の一杯のコーヒーや、日本の伝統的な発酵食品を起点に、私たちの腸内で生み出され、健康に影響を及ぼしている可能性が見えてきました。最近では、サントリーが「特水」という飲料を販売したことで、一部では注目を集めているようです。

もっとも、こうした成分やサプリメントについては、効果が過剰に宣伝される一方で、実際にはほとんど意味がなかったり、摂取量によっては健康被害の懸念が生じたりする例も少なくありません。また、紹介されている多くの作用は動物実験や細胞実験の段階にとどまり、ヒトでの有効性が十分に確認されていない場合もあります。こうした点を踏まえたうえで、少なくとも基礎的な知識を持っておくこと自体は、必ずしも無駄ではないでしょう。

HMPAは、別名ジヒドロフェルラ酸(dihydroferulic acid)とも呼ばれます。これは単なる栄養素の代謝残渣ではありません。動物が摂取する植物由来の成分と、体内に共生する腸内細菌が協働することで初めて生まれる、高度な生理活性を持ったフェノール化合物です。なお、有機溶媒として知られるヘキサメチルリン酸トリアミドもHMPAと略され、発がん性が指摘されていますが、今回取り上げるHMPAとは全く異なる化合物です。

HMPAとは何か

HMPAは、化学的にはフェニルプロパノイド系有機酸に分類されます。その理解の鍵は、「どこから来て、どのように作られるのか」という点にあります。

出発点となるのは、クロロゲン酸やフェルラ酸、クルクミンといったポリフェノールです。これらは植物が自らを守るために作り出した化合物で、抗酸化作用を持つことから健康に良いとされてきました。コーヒー豆にはクロロゲン酸が豊富に含まれており、全粒穀物や米ぬか、味噌や黒酢といった発酵食品にも、HMPAの前駆体となる成分が含まれています。

ヒトがこれらを摂取すると、ポリフェノールは小腸で完全には吸収されず、大腸へと到達します。ここで主役となるのが、腸内細菌です。大腸には、ヒトの細胞数を上回る数の微生物が生息し、巨大な代謝ネットワークを形成しています。これらの細菌は、ヒト自身では分解できない複雑な植物成分を処理する、いわば体内の化学工場です。

特定の腸内細菌、たとえばバクテロイデス門Bacteroidotaやバシラス門Bacillotaに属する細菌は、フェルラ酸などのヒドロキシケイ皮酸を段階的に分解します。その過程で、分子はより小さく、より吸収されやすい形へと変換され、最終的にHMPAが生成されます。

重要なのは、HMPAが食品中に最初から大量に含まれているわけではない点です。HMPAは、「食事」と「腸内細菌」が協働することで、体内で初めて本格的に生み出される分子です。つまり、同じコーヒーを飲んでも、その恩恵がどの程度HMPAとして現れるかは、その人の腸内環境に大きく依存するのです。この事実は、「何を食べるか」だけでなく、「どのような腸内細菌と共に生きているか」が健康に直結していることを示しています。

HMPAは体に良いのか:抗酸化と抗炎症を超える多機能性

では、このHMPAは、私たちの身体にどのような影響を及ぼすのでしょうか。近年の研究は、HMPAが単なる代謝産物ではなく、明確な生理活性を持つ分子であることを示しつつあります。

まず注目されるのが、その抗酸化作用です。HMPAはフェノール性水酸基を持ち、活性酸素を捕捉する能力に優れています。親化合物であるフェルラ酸と比べても、水溶性が高く、血中を移動しやすいことが示唆されています。これは、HMPAが全身の細胞に届きやすく、酸化ストレスを抑制する分子レベルの清掃員として機能する可能性を意味します。

さらに、HMPAは炎症反応の制御にも関与します。慢性的な低度炎症は、肥満や糖尿病、心血管疾患など、多くの生活習慣病の共通基盤とされています。実験研究では、HMPAが炎症性サイトカインの産生を抑え、NF-κBといった炎症制御経路を穏やかに調整する作用を持つことが示されています。

代謝面での影響も見逃せません。HMPAはGPR41受容体のアゴニストとして作用し、脂質代謝を活性化することが示唆されています。これにより脂肪の分解が促され、肝臓への脂肪蓄積が抑制される可能性があります。メタボリックシンドロームが社会課題となる中、HMPAはその新たな分子基盤として注目されつつあります。

筋肉、血管、脳へ:2025年に広がったHMPA研究

2025年に、HMPAの研究はさらに広がりを見せているようです。特に注目されるのが、筋肉機能への影響です。動物モデルを用いた研究では、HMPAが筋タンパク質の分解を抑制し、筋萎縮を防ぐ作用を持つことが示されました。特に速筋線維における筋力維持への寄与が報告されており、高齢化社会におけるサルコペニア対策としての可能性が示唆されています。

心血管系への影響も明らかになりつつあります。HMPAおよびその代謝抱合体が血管内皮細胞における一酸化窒素の産生を促進することが示されました。一酸化窒素は血管を拡張し、血流を改善する重要な分子です。この作用は、血管の柔軟性維持や高血圧リスクの低減につながる可能性があります。

さらに、HMPAは脳への影響も議論されています。分子サイズや性質から、血液脳関門を通過しうると考えられており、in vitro研究ではアミロイドβの凝集を抑制する可能性が示唆されました。ただ、有効濃度は非常に高く、生理的濃度では効果が期待できない可能性があります。

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続きは、668文字あります。
  • HMPAを増やすには:腸内環境という「工場」の最適化

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