【論点#6】オフターゲット変異は突然変異と同じ。医療での利用と混同しないで。✉️16✉️
ゲノム編集技術の発展に伴い、一部の消費者やメディアから「オフターゲット変異」への懸念が示されることがあります。
オフターゲット変異とは、本来狙った遺伝子の位置とは異なる場所に予期せぬ変化が起こる現象を指します。専門的に言えば、設計した分子が的外れのDNA部位に作用してしまうということです。
こうした現象に詳しくない人の中には、「計画外の変異=危険」と直結させて捉え、狙った的を外した矢が「隣にいた人」に当たるような重大事故をイメージしてしまうかもしれません。
さらにやっかいなのは、「オフターゲット」というちょっと専門的に聞こえる言葉が、実際の内容を十分に理解しないまま「危険性」を強調する材料として使われてしまうことです。SNSや書籍などでは、そういった手段で不安をあおるような言説がしばしば見受けられます。
⭕12の論点の概要は、NewsPicksの記事、またはこちらの動画(約15分)をご覧ください。
オフターゲット変異は突然変異と本質的に同じ
しかし、ここで理解しておくべき重要なポイントは、【論点#3】でも説明したように、こうした変異は本質的には自然界で日常的に発生している突然変異と変わらないということです。
私たちが日々口にしている農産物や穀物、野菜、果物には、自然発生的あるいは従来の交配・選抜といった育種手法によって生じた変異が無数に含まれています。たとえば、トマトやジャガイモ、小麦や大豆など、世界中で消費されている主要作物には、品種改良の過程で数え切れないほどの自然変異が積み重なっています。
それにもかかわらず、こうした変異が原因で日常的に重大な健康被害が発生しているわけではありません。人間は長い歴史の中で、多様な自然変異を持つ作物を安全に食べ続けてきたのです。たとえば、リンゴは世界中で広く消費されていますが、「この特定の品種のリンゴだけを食べると特定の人が必ずアレルギーを起こす」といった事例は知られていません。同じことはトマトやジャガイモなどにも当てはまります。突然変異や品種改良によって硬さや味、色などが大きく異なる多様な品種が生まれてきましたが、それが健康被害と直結することはありません。こうした歴史的事実からも、変異そのものが直ちに健康リスクを生むわけではないことがわかります。
SDN-1のようなゲノム編集で生じる変異は、自然発生的な変異や従来の育種で得られた変異と本質的に同じ性質を持っています。既に【論点#4】で説明したように、ゲノム編集では特定の遺伝子を標的にして変異を導入するため、従来の育種よりも制御性がはるかに高いです。オフターゲット変異が生じることもありますが、その頻度は自然界で起こる突然変異より少ないです。さらに、オフターゲット変異が起こる場所も、SDN-1で標的にした配列に類似した配列に限定されることが多く、ランダムに変異が起こるというものではありません。
自然に起こる変異の大部分は、タンパク質をつくる遺伝子以外の場所で生じます。例えばヒトのゲノムでは、タンパク質をコードするDNAは全体のわずか2%程度にすぎず、残りの98%は「非コードDNA」と呼ばれる領域です。この非コード領域の一部には調節機能など意味を持つ部分もありますが、多くの変異は生命活動に影響を及ぼさないものです。SDN-1によるオフターゲット変異も、ほとんどの場合、このような「非コードDNA」上で起こるものです。
「変異を起こしてよい遺伝子など存在しない」という言説を耳にすることがあります。こうした感覚は、生命現象をあたかも機械のように精密な仕組みとして、あるいは法律の条文のように一字一句が不可欠な体系として捉える発想から生まれているのかもしれません。しかし、生物学を学ぶと、実際には多くの遺伝子は欠けても大きな影響がなく、変異があっても生命の営み全体には必ずしも決定的な支障を与えないことがわかります。
つまり、オフターゲット変異だからといって、特別な遺伝子を選んで危険な変異が起こるわけではありません。狙った的を外れた矢も、実際にはただ空中に飛んでいくだけ――そのようなイメージで捉えることができます。
食品分野と医療利用ではゲノム編集の要求が違う
ここで注意しなければならないのは、ゲノム編集という言葉を聞いたときに、医療での応用と混同してしまう人が少なくないという点です。
メディアで報じられる「ゲノム編集による病気治療」や「遺伝子の書き換え」という話は、患者の体内で直接遺伝子を操作する医療応用に関するものであり、極めて慎重な検証が求められる領域です。医療の場合、オフターゲット変異が発生すると、別の重要な遺伝子が損傷を受け、予期せぬ副作用や病気のリスクが生じる可能性がゼロではないのです。このため、医療応用では「極めてわずかなオフターゲット変異」であっても問題視され、精密な解析と長期的なリスク評価が必須となります。
一方、食品分野でのゲノム編集は状況が全く異なります。食品の場合、変異が生じた細胞や組織をそのまま摂取するだけであり、そのDNAが体内で遺伝情報として機能することはありません。私たちが食べる野菜や穀物の細胞内DNAは、消化過程で分解され、体内で新たな遺伝子として組み込まれることはないのです。たとえオフターゲット変異が存在しても、その変異が健康リスクにつながる可能性は通常ないと言えます。これは、自然発生的な変異や従来育種での変異と同じであり、科学的な観点から見れば、ゲノム編集の過程で生じるオフターゲット変異を特別に危険視する理由はありません。
要するに、食品分野では「オフターゲット変異は自然界の変異と同じ」とみなされるのに対し、医療分野では「わずかな変異でも患者に直接リスクを及ぼす可能性があるため、徹底的な回避が必要」という点で、大きな意味の違いがあります。つまり、医療では「矢がわずかに外れることすら重大なリスク」なのに対し、食品では「外れ矢はただの的外れにすぎず、危険性はない」という違いがあるのです。
しかし、社会的にはこの違いが十分に理解されていないため、「ゲノム編集=オフターゲット変異を起こす=危険」という間違った理解によって、ゲノム編集食品に対する不安や誤解が広がりやすい状況があります。このような誤解は、食品と医療を混同していることから生じており、消費者がゲノム編集食品を避ける理由の多くは科学的ではなく、心理的なものに過ぎません。
ゲノム編集食品の制御性と透明性
ゲノム編集食品を、従来育種と比べることで、オフターゲット変異の意味をさらに理解することができます。
従来育種では、放射線や化学物質を用いて無数の変異をランダムに起こし、その中から望ましい形質を持つ個体を選抜してきました。この過程では、どの遺伝子にどのような変化が生じたのかを正確に把握することは困難でした。言い換えれば、従来育種は無数の「オフターゲット変異」が発生した状況のもとで選抜を行ってきたのです。特に、強力な放射線や変異原を使った場合、そのような変異は数えきれないほど生じていたはずです。従来育種とは、矢の比喩でいえば、標的を定めずに無数の矢を放ち、その中のいくつかが偶然標的に当たるような方法でした。
これに対し、ゲノム編集では、変異を導入する部位を計画的に選び、さらに変異後のゲノム配列を塩基レベルで確認することができます。また、オフターゲット変異の有無や範囲を科学的に検証し、安全性を明確に担保することも可能です。つまり、ゲノム編集は従来育種に比べ、変異の発生がはるかに制御されている技術なのです。矢の比喩でいえば、一本の矢で標的を正確に狙い、確実に命中させるのがゲノム編集です。
この誤解を解くためには、消費者への教育と情報提供が不可欠です。ゲノム編集食品が自然界の突然変異と本質的に変わらないこと、オフターゲット変異が健康リスクを生むわけではないこと、そして医療応用とは根本的に異なることを丁寧に伝える必要があります。科学的な裏付けに基づいた情報提供があれば、消費者は不要な不安を抱くことなく、食品の選択が可能になります。
まとめ
まとめると、オフターゲット変異を理由にゲノム編集食品の安全性を懸念する必要はありません。自然界の突然変異や従来育種での変異と異なるものではありません。
食品分野のゲノム編集では、変異が導入された細胞を摂取するだけであり、体内でDNAが機能することはありません。医療応用と混同して恐れる必要はなく、むしろゲノム編集は制御性と検証性に優れ、科学的には従来の放射線や化学変異を利用した育種より、はるかに高い安全性が確保されているのです。したがって、オフターゲット変異を理由にゲノム編集食品を特別視する必要はなく、正しい科学的理解に基づいた判断が求められます。
⭕全体の論点の概要は、NewsPicksの記事、またはこちらの動画(約15分)をご覧ください。
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